IE9ピン留め

today

I consider space to be a material. The articulation of space has come to take precedence over other concerns. I attempt to use sculptural form to make space distinct.
– Richard Serra



# by new-seaing | 2011-11-15 20:45

moment

The most important thing for my life is moment. It is flow to space, smell, music..... just feeling the moment.

Sympathy is the most influential point of living. Only way I can survive is to find something which I sympathize. We can make happy world with this rule. It could be connected to business as well.



# by new-seaing | 2011-11-04 21:50

today

Hearing people’s chatting is so fun because I can know somebody’s story beyond the interface. Especially chatting about love is so interesting for me because love is common matter for everybody. Today I came across 2 couples chat, one is junior girl and senior man and the other is real couple. The first couple is as same age as me and talked about shit of girl’s boyfriend. He is cheated her although they live together. Moreover he always told her that he only thought her like his sister. She wanted to him honestly but he always differently. Finally she had decided to break up with him although it hurted her. I felt for her because I’ve got same situation. The other one is teanager couple and talk about rethink their relationship. The girl seemed to seek to get married or be stable relationship but the boy seemed to think oppositely. I thought love is always difficult when seek to something



# by new-seaing | 2011-10-25 23:31

Ai Weiwei

自由は必ず責任と関係があります。なぜなら「天下没有免費的午餐的」(この世にただの飯はない)という言葉がありますね。この世界でどんな大きな自由を授かって、実際、あなたがどのくらいの責任を負うか、そういうことも自由のひとつです。責任を負ってこそ、自由は意義を持ちます。でなければ、何が自由だと言うのでしょう?自由は自由を勝ち取る努力のことです。他人からもらった自由は自由と呼べません。そんなものは、何の意味もないのです。自分の知恵、技術、そして努力で自由を獲得してこそ、この自由はあなたという人にとって意義があります。理想だけではなくて、それは自由を追求するときに感じる本当の意義です。だから抽象的な自由なんか存在しません。自由とは具体的なものなのです。



# by new-seaing | 2011-07-18 20:57

Wilhelm Sasnal

アートは全てを消化し、再び新しい文脈に置換する力を持っていると思います。そして、音楽や映画といった違う分野にとっての実験場でもあると思います。クラシックとポップの境界線はもはや存在しません。適切な文脈が見つかれば、何でも意味を帯びることができるのです。



# by new-seaing | 2011-07-18 20:09

Florence Henri

She has spotted, bearing to light material and luminescent characteristics which qualify visual research of her time. She explore possibilities of communication offer by photography and discover news opportunities that she catch on an expressive mode, like when she fixed her image reflected by a mirror. The utilisation of mirrors make, thanks to continual change of perspectives, decomposed object’s forms, floating harmoniously in rarefied spaces.
Back in Paris, she open her studio and become acknowledged as a great portrait-painter. All at once, she realises photograph assemblage and abstract compositions with geometrical object, like beams, sticks, billiard-balls, by creating illusory images in 3 dimensions.
Florence Henri invent a new way of employing camera which take into account of plans and geometrical forms crushing. She likes extract object of their original concept and sometimes add to it foreign elements. On top of that, she uses form’s decomposition, photograph assemblage, fusion of inside and outside perspectives, by re evaluating the most rudimentary tools. With her, the approach of the object to picked up is extremely present.
The utilisation of mirrors make, thanks to elementary changes of plans, spaces where decomposed forms re-get organize in a new vision of reality that today we can called “virtual”.
Florence Henri has known testify of an epoch’s cultural climate. Thanks to her singular camera’s master ship, she has found innovator languages of a modern world in permanent evolution.



# by new-seaing | 2011-07-05 01:52

クリスチャン ボルタンスキー

私は常に消滅ということについて関心を持っていました。最初は私の子供時代が消え行くことについて、次に共通の記憶について考えていたのです。そして現在、第3段階としてまた自分の記憶へと戻って行っています。
いずれの場合も、私の目標は記憶を保護することですが、常に失敗しています。



# by new-seaing | 2011-07-03 11:56

スーザンソンタグ 写真論

写真は時間の明解な薄片であって流れではないから、動く映像よりは記憶に留められるといえよう。テレビは選別度の低い映像の流れであって、つぎ次と先行のものを消していく。スチール写真はそれぞれ、特権的な瞬間をきゃしゃな物体に変じたもので、ひとはそれを自分のものにして、もう一度眺めることができる。pp24

写真は時間だけではなく、空間の薄片でもある。写真映像に支配された世界では、境界(「フレーミング」)はすべて任意のものに思われる。どんなものも、他のどんなものからも分離したり、分断したりすることができる。要するに主題を違ったふうに切り取ることがかんじんなのでる。pp30

写真術は唯名論者が社会的現実を、見たところ無限にある小単位から成り立っていると考えるのに力を貸している。

写真を通じて世界は一連の無縁で自立した分子となり、過去・現在の歴史は一揃いの逸話と雑報(フェ・ディペール)となる。カメラは現実を原始的な、扱いやすい、不透明なものにする。それは相互連結や連続性を否定するが、各瞬間に神秘性を付与する世界観である。

どんな一枚の写真にも多様な意味が含まれている。実際なにかを写真の形で見るということは、内に魅惑を秘めた対象に出会うということである。写真映像の基本的な知識は、「そこに表面がある。さて、その向こうにはなにがあるのか、現実がこういうふうに見えるとすれば、その現実はどんなものであるはずかを考えよ、あるいは感じ直観せよ」といってみることである。自分では何にも説明できない写真は、推論、思索、空想へのつきることのない誘いである。

理解は世界を見かけどおりに受け入れないことから出発するのである。




# by new-seaing | 2011-07-03 11:52

レヴィーストロース

我々がものを考える考え方と未開民族のものの考え方と本質的な違いの一つは、我々がものごとを分断して考えないではいられないということです。それは我々がデカルトから教えられたものです。問題をよりよく解決するためには、必要なところまで困難を分割せよ、というやつです。未開と呼ばれている人々の思考はこのような細分化を嫌います。彼らにとって解釈は全体を包摂するものでなければ意味をもたないのです。pp205

言語学の述語は貴重な概念を提供してくれます。たとえば二項対立とか、表記される事項、されない事項、というような…。しかし、それは言語学の用語ではなく、むしろ関係的思考の用語なのです。pp206

全体を構成する要素はそれに内在する意味を持っているのではなく、その意味は全体の中での位置から生まれるものである、という基本原理。それは言語にとっても正しいものですが、それ以外の社会的事実にも言えることです。

ヤーコブソン ボアズ

ダーシー•ウゥントワース•トムソン『成長と形態』

人々の頭のなかに、社会というのは習慣や習俗でできているものではなくて、抽象的な理念に基づいているのだという考え、また理性臼で習慣や習俗を挽き潰してしまえば、長い伝統に基づく生活形態を雲散霧消させ、個人を交換可能な無名の原子に変えることができるのだという考えをたたきこんだからです。真実の自由は具体的な内容しか持つことはできません。小さな範囲の帰属関係と小さな団結がうまくバランスをとっている、その均衡状態から自由は成り立っているのです。pp214

リュシアン・フェーヴル「アジアとアメリカの芸術における表象の二重化」

マーガレット・ミード

空間の中に配置された複数社会というパースペクティブを持っていたのですが、彼らはそれに、もしこう言うことができるならば、時間の中に積み重ねられた複数社会というパースペクティブを付け加えてくれたのです。pp222(彼ら;歴史学)

人間の本性などという古めかしい概念の復興した私の目的は、単に、品減の脳髄はどこへいっても同じふうに作られている、ということを人々に思い出させることでした。つまり、同じ枠組みが人間精神を規制しているのだということです。しかしその同じ精神も、場所が違えば、違った問題を処理しなければなりません。その問題の方はその社会が置かれている地理的環境、風土気候、文明状態などによって、また考察する時代、それの遠近の過去の歴史などによって実に多様な形で立てられるのです。また、その社会の個々の構成員については、彼の気性、彼の個人史、彼のグループ内での位置、等々によって立てられる問題は違ってきます。ハードウェアはどこでも同じなのですが、インプットとアウトプットはそのつど違うのです。pp223 224

ただ一つの部族を何ヶ月、何年、時には数十年をかけて研究する民族学者に大してはm我々は大いに感謝しなければならないのです。彼らが存在しなければ、我々は何にもできず、無に等しいのです。問題は、そこから一歩進んで、理論を構築しようとすることろで提起されるのです。たった一つの、他のものを配慮しない経験の上で理論構築を行うことは、非常に危険なことです。なぜなら、この経験は何百、何千という可能性のうちのたった一つの事例でしかないからです。pp231

比較の基礎となり、比較を可能にするのは一般的把握なのです。複数のフィールドの報告があるとします。これらの、観察され記述された事実が相互に置換可能になるためには、どのようなレベルに立つべきであるか、それを考えるのが出発点なのです。それらの事実を一つの共通の言語によって表現できたときにはじめて、そしてまた、この予備的な深層構造発見によってこそ、比較というものは正当なものになるのです。p231

わたしの研究の目標は、まず、歴史がその同一性を保証してくれている神話体系相互間の違いを説明すること、次に、一時殊事例から出発して神話的思考の仕組みを理解することpp236

思考の形が変わるためには社会そのものが別のものに変わらなければならないのでしょうpp245

自然から文化への移行 それは、天上世界と地上世界の交感の決定的な断絶、という代償を払って獲られた意向でした。そこからこの神話の中心的問題が自然から人類の問題になってくるのです。

神話の特性は、何かの問題に直面すると、その問題が別の次元、たとえば、宇宙論的な、自然的な、精神的な、法律的な、社会的な、等々の次元で起きた他の問題群と同類のものであると考えるという点にあります。神話は、それらをひっくるめて、全部解決しようとするのです。pp249







# by new-seaing | 2011-06-12 20:40

遠近の回想 レヴィ ストロース

エルンストは他の文化、つまり十九世紀の古い本のなかにある文化から借りたイマージュを用いて、彼個人の神話を構成しました。そして、普通の目に見える意味以上のものを彼はそれらのイマージュに語らせたのです。pp70

colonized

aesthetic

exile






# by new-seaing | 2011-05-28 14:19
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